午前3時の泥棒猫

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Solitude

まだ、
いくつもりなんか
なかったんだろう。

いつまでたっても終わらない夏のある夜、突然、父の胸の鼓動が停まった。

きっかけは、擦り傷を作るような、ささいな出来事。

食あたりのような症状が出て、母の手に負えなくなって、隣に住む兄が助けにいった。
身体を擦ったり、向きを変えたり。
やがて、出すもの出して、落ち着いて、明日も仕事のある兄は、引き上げた。

しばらくして、またおかしくなったらしい。

兄が再び駆けつけて面倒を見たが、今度はあからさまに何かが違った。

そして、その瞬間が来た。

あっけなく、まるでスイッチを切ったかのように身体から、いのちが抜けていったようだったという。

心臓マッサージを施しても、もう、蘇生することは無かった。
搬送先で、機械で無理矢理動かしていた鼓動を自然のままにするために、スイッチを止めた。
深夜1時過ぎのこと。

月が明るい夜だった。


それまでは、持病をこじらせていたから本人も周りの人も、余命は少ないかも、と覚悟はしていた。
けれど、慎重な性格で医者にもちゃんと係り、身体をいたわって過ごしていたため随分と長持ちした。大きく調子を崩すこと無く、思いのほか平穏で、どこか安心していた。
(もちろん、本人は不調で辛かったと思うけど)


自分自身、盆休みに帰省して彼に会えた時にも、

また会える

と、たかをくくっていたぐらいの普段通りの様子。

ほんのすこし、何十分かの時間を一緒に過ごし、さっさと東京に向かった。

別れ際に、

「元気で。
なんかこんなこと言うの変だけど、長生きしてくれてありがたいよ。
田舎にあなたたちがいてくれる、ってのは、やっぱり、安心だよ」

僕が言うと、
照れたような、なんの感慨も無いような、いつものような顔で、

「ああ、またな」

それが最後に言葉を交わした時だった。


もともと、言葉の少ない人だった。
ただ静かに、つと立っている姿。
居間の奥で本を読んでいる姿。

僕が我侭を言ったりしたきっかけで癇癪を起こした時は、恐怖だった。
殴ったり、踏まれたり、水ぶっかけられたりしたよ(笑)

正直、苦手だった。

言葉は無い。手が出る。それ以外は不可侵。昭和ひとけたの男。
顔色、機嫌を気にするぐらいなら、離れていよう。
そんな父と子。

末っ子であることを利用して、早々と家を出たけれど、その割には何かにつけて父を頼っていたかもしれない。父が守っていてくれた環境から離れて、独りで奮闘しているけれど、彼の作ったものには遠く及ばない、今の自分の身の回り。それを静かに見守っていてくれた。
不器用な関わり方だけど、ちゃんと愛されていた気がする。
涼しい瞳だけど僕を見ていてくれて、必要な時には、ちゃんと助けてくれていた。

晩年になっても、
あいつは大丈夫だろうか?
ちゃんと暮らしていけるだろうか?
なんて心配してくれていたらしい。


…最後まで心配かけっぱなしで、ごめん。


亡くなった顔をみると、本当に穏やかな顔をしていた。
静かに目を閉じ、口を結び、男前だった。
禿げ上がった頭は凛々しく、格好よかった。
眠っているようだった。

急に心臓が止まったから、まだあっちに行くつもりは無かっただろう。
だけど、こんな穏やかな顔をしているなんて。
彼は覚悟を決めたのだろうか。


棺に納める頃には、顔つきがだんだんと変わり、他人のようになっていく。

そして、ふと気がついた。
誰かに似ている。

祖母の顔にそっくりだった。
つまり、父の母親の顔。

幼い僕を育ててくれた祖母の顔を何年ぶりかに見た。
あたりまえだけど、でも、なんだか

そうか。

と、思う。

父は先に逝った自分の母親のもとに戻ったのかもしれない。

大人とか父親の役割を終え、子供になって、母に抱かれにいったのだ。

父さん。おつかれさま。

もう充分、尽くしてくれたから、

いい歳こいて心配かけて申し訳ないけど、
きっといつか、貴方に認められるような男になってみたいと
本当にそう思ってるから、

ばあちゃん、いや、お母さんのもとにいって甘えて下さい。

ありがとう。

さようなら。
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by boomee | 2010-09-24 22:04