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午前3時の泥棒猫

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あの海を思い出す。

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前回の展示(ミレイ)に続いて、ワイエス展を
渋谷文化村に観に行きました。

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アンドリュー・ワイエス
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アンドリュー・ワイエス(Andrew Wyeth,1917年7月12日 - )は、20世紀のアメリカの画家。
 ワイエスは、アメリカン・リアリズムの代表的画家であり、アメリカの国民的画家といえる。日本においてもたびたび展覧会で紹介され、人気が高い。1917年、ペンシルヴァニア州チャッズ・フォードに生まれる。心身ともに虚弱であったワイエスは、ほとんど学校教育を受けず、家庭教師から読み書きを習った。絵の師は著名なイラストレーター(挿絵画家)であった父親(N.C.ワイエス)である。ワイエスは自宅のある、生地チャッズ・フォードと、別荘のあるメーン州クッシングの2つの場所以外にはほとんど旅行もせず、彼の作品はほとんどすべて、この2つの場所の風景と、そこに暮らす人々とがテーマになっている。
代表作「クリスティーナの世界」に登場するクリスティーナは、ワイエスの別荘の近くに住んでいたオルソン家の女性である。生来病弱で孤独に育ったワイエスは、この、ポリオで足が不自由な女性が、何もかも自分の力でやってのける生命力に感動し、出会いの時からその死まで30年に亘ってこの女性を描き続けた。
近年、日本でも公開されて話題になった「ヘルガ」のシリーズは、自宅の近くの農場で働いていたドイツ系のヘルガという女性を、人知れず、240余点もの作品を15年に亘って描きつづけたものである。
1963年には大統領自由勲章を、同年に全米芸術賞をそれぞれ受章、受賞している。
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習作を一杯重ねて、本番用の絵に取りかかっていたことを知り、
自分が絵を描く時に、はしょりがちなことにきづく。
つまり、すぐに完成品を作ろうとする、そのあわてんぼうぶりに
ちょっとまてよ?と思ったり。

91歳。まだ生きていたことに驚きつつ(失礼)
孫娘さんのインタビューに答える作家さんのVTRを観た。
どんなに疲れていても、心の琴線に触れた物を絵に描き留める作業に
取りかかるものだ、と。

ちょっと眠いとか、仕事で疲れた、とかでつい筆を投げ出しがちなのが私です。
巨匠と比べてどうする?とは思うけど、曲がりなりにも絵画を志した自分としては、
…ああ、恥ずかしい。

ヒントをもらえました。

要は、普段暮らしていて、ふと気になることが目に写ります。
それを絵にすることを繰り返すこと。
自分の目線を大事に、カタチに変えること。
生きる煩雑さについないがしろにする、日々の発見を大切にして行けば
やがてそれは「作品」になりえる、ということ。

帰りがけ、女の子の面白い髪型や、信号機の色を照らすバス停の椅子や
街頭の光の具合とかを意識しました。
ああ、なんだ、絵のモチーフはそこかしこにあったんですね。
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by boomee | 2008-11-15 02:04 | 感想

芸術とやらを考えてみる

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横浜で開かれていた現代アートの展示を観に行った。

自由にあるがままでいられる、表現できることは貴重だ。

それを凡人が、なし得ようとすることは難しい。
経済的にも、社会的にも、孤立無援に陥るんじゃないか?と
妙に怖くなる。

それでも、造形や描写をしている人がいるから
こうして作品が存在する。

そして、その作品を目の当たりにした観客は
心を動かす。

心が動かないものもあるのだけど、
ちゃんと鎮座してるということは
この作品に誰か(キュレーター?)が感動、したのだろう。
理解は難しいが、たぶん、観るべきところは
物体化した作品ではなくて、コンセプトなんでしょうね。
なぜ、これが、こうあるのか?
何を感じろというのか?
饒舌に語るか、放り投げてくるか。

観るものの心構えが必要なものは
やっぱり「理解不能」なんて片付けられちゃうのかも。

作家の立場とすれば
作品を作るという「そうしなきゃいられない」境遇は
どんなものなのだろうか?と想像してみる。

個人的には、そこには恐怖しか感じない。
故に凡人で良かった、とも。

なんか、がっくりうなだれた。
が、美味しいごはんを中華街で食べて、忘れる。
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by boomee | 2008-11-03 15:47 | 感想